妻が死んでしまった

私の大切な大切な妻が死んでしまった。

くも膜下出血だった。

まだ51才だった。

寂しくて、さびしくて仕方ない。

2014/9/5日に彼女は頭が痛いと倒れた。この時はまだ妻ではなかった。

僕と妻は20年一緒にいてくれた友達だった。

僕も妻も障害者だった。妻は脳梗塞で半身が不自由だったが歩くことはできた。

僕は車椅子だったが手は動いた。

いつも、貧乏しながら、妻が車椅子をおして散歩をする。

その何気ない日常が幸せで幸せで仕方なかった。

妻は活発で友達が多い、僕は妻が大好きで、妻だけいればいいと思っていたので友達がいない。

だから、ぼくより先に死ぬなとずっといいつづけた。

が、ぼくより先に逝ってしまった。

この世に神などいない。

妻の毒舌ももうきけない。妻はとてもかわいいやつだった。

妻がおいしいもの食べてにっこりするのを見るのが幸せだった。

ちなみに妻が献身的でやさしだけの女と思ったら、間違いだ。

でもやさしいかったのは間違いないが、ずっとプロポーズしていたが、お前条件悪すぎなんて

いって結婚してくれなかった、自分が車椅子のこともあって、同棲もしていなかった。

でも毎日会っていた、9/5いつものようにスカイプで食事にいこうと電話するとしてる最中に

頭が痛くなってきたーーーといい、あわてて車で彼女の家にいった。

段差をなんとか乗り越えて彼女の部屋に万が一の時の為に預かっていた鍵ではいると

もうトイレで倒れていた。あわてて、119番して相模野病院に運ばれたが、深刻な事態だここでは見れないと八王子医療センターに運ばれた。

危ない状態だから、同じ救急車で同上するように医者にはいわれたが、ぼくが車椅子の為

無理だった。こんなところでも無力を感じた。

祈る思いで自分の車で八王子医療センターにいったら、医者から同意書を多数書かされ

その殆どが絶望的な内容だった。

結果的に場所が悪すぎて、保存療法以外方法がない状態だった。

その日のうちに彼女の親族に連絡をとった。

車椅子で看取る側になるととても大変だ、僕には友達が妻しかいなかった。

自分から妻だけいればいいと思っていたからだ。

ただ、このままでは何もできない、ネットゲームUOで知り合った友達が同じ相模原に住んでいるのは知っていたが会ったことはなかったが、すべてを打ち明けて、手伝ってもらったり、

彼女の飼っている猫の世話をお願いすることにした。

結果的にすごくいいやつだった。初めてネット友としては5年以上たつが会ったのは初めて

だったが、初めてあった気がしないほどいいやつだった。

かなり救われた。

いつ死んでもおかしくない状態がつづいたが9/8日の深夜2時妻に呼ばれた気がした。

ICUに1分でいいから入らせてくれといって、なんとか了承をもらって、

いっていつものように「たまちゃん」と呼んでみると目が開いた

つづけて、結婚するよといったら、うなずいた。

ものすごく、きつい麻酔をしてる状態でそんな反応があったのはまさに奇跡だった

自分だけなら夢と思えることだが、妻のねーちゃんも、看護婦さんも、そして、ネット友だった

彼も見ていた、その日のうちに深夜に市役所にいって、事情を説明して警備員の方に

婚姻届を出すことができた。

よくなるといいですねー。歳とった警備員の方はそういってくれた。

妻の婚姻届は本籍が石巻だったので、時間がかかった。

承諾される前に妻が死んでしまっては、単なる友達として終わってしまう。

だが、妻は14日まであのつらい苦しい状況でがんばってくれた。

なんとか、たまちゃんは妻になった。

でも、死んでしまった。死んでしまうと、病院ではあっという間に葬儀屋の話になる。

妻になったんだから葬儀は自分が出すんだ。最後の意地だ。

借金をしてなんとか小さなお葬式をすることができた、一番泣いてくれたのは妻がやっていた障害者スポーツの仲間だった。

今思えば、妻と僕は微妙な関係だった。

お互いに離れて別々の人と付き合ったこともあった。

でも最後はいつも彼女がいた。そして最後は妻になってくれた。

今はもういない、とりあえず借金を返すこと、自分が死んでも迷惑のかからないようにしておくことが目標だけどこの先どうやって生きていこうかと悩んでしまう。

妻のことは決して忘れない、忘れられないが、妻だけが友達だった自分はこの先正気でいられるのだろうか?

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仲良くピグをしていたころの僕と妻のたまちゃん